世界遺産 五箇山菅沼合掌造り集落

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四季のイベント

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su08「四季の五箇山 雪あかり」
 

陽が沈む頃、雪の帽子をかぶった合掌造り家屋を、50基の照明によってライトアップ。白銀の世界に合掌造り家屋が浮かび上がり、幻想的な姿を見せます。

その姿を背景に、地元民謡団体による「こきりこ」「といちんさ」などの五箇山民謡が披露され、観客は別世界に迷い込んだかのような非現実的な感覚を味わえます。 

 
2月上旬/世界遺産菅沼合掌造り集落ライトアップ

 

 

「春まちライトアップ」
 

春を待ちわびた雪どけの合掌集落が、50基の照明によってライトアップされます。雪あかりの風情とはまた違った表情を見せてくれることが多く、たくさんの来場者で賑わいます。ぜひ幻想的な残雪を名残り惜しむふるさとの風情をお楽しみください。
 

3月毎週金・土曜日/世界遺産菅沼合掌造り集落ライトアップ

詳しくは新着情報をご覧ください。
  

 

「四季の五箇山 春の宵」
 

早苗の水鏡に映る、逆さまの菅沼合掌造り家屋。ライトアップされた美しい姿をバックに、「こきりこ」「麦屋節」「といちんさ」「お小夜節」などの五箇山民謡が披露されます。

やわらかな春の夜風に包まれながら、山里の春だけの景色と音色を、どうぞお楽しみください。

 

5月下旬〜6月上旬/世界遺産菅沼合掌造り集落ライトアップ
 


 

五箇山に残る、豊富な民謡。
 

 五箇山には、古くから伝わる民謡が数多く残されています。それらの多くは、起源が定かではありませんが、口頭伝承によって受け継がれ、風土とともに発展してきた文化遺産です。

 もっとも代表的な「こきりこ節」や「麦や節」は、人々がうたい踊り続けることによって大切に守られてきました。歴史上、芸術上価値の高いものを意味する無形文化財に指定されています。

 また、祭礼の日や盆などに若い男女が集まる「まいまい」は、男女が輪になって手をつないで円を描きながら踊り、輪の中の1人が唄い、最後の節を全員で復唱するというもの。肩やかかとが触れ合う距離で踊るそれは、日本最古のフォークダンスと言われ、手をつないだ相手と結ばれる男女も少なくなかったようです。
 

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平家の悲哀を唄った
「麦や節」

 
 五箇山を代表する民謡「麦や節」の由来には、いくつかの説があります。五箇山が平家の隠れ里であったことから、平家の落人が創ったとする説、平家の落武者平紋弥(もんや)が教えたことから「もんや節」を発祥とする説、五箇山民謡の恩人と言われるお小夜が教えたものとする説など、実にさまざまです。しかし、早々に刈り取られる麻に平家の運命を重ね合わせたかのような「麻が刈らりょか 半土用に」など歌詞の随所から、源氏に敗れ、五箇山に落ち延びた平家の落人たちの哀しみが伝わってきます。

 

日本で最も古い民謡「こきりこ節」
  
 日本最古の民謡といわれる「こきりこ節」は、五穀豊穣を祈り、百姓の労をねぎらうため、田楽法師と呼ばれる職業芸能人たちが田植えや稲刈りの間に行う田踊りとして発展しました

 こきりことは、2本の竹で作った打楽器のこと。歌詞の冒頭にもあるように、竹の長さは七寸五分(約23センチ)で、それより長いと着物の袖の邪魔(かなかい)になるようです。この打楽器を打ち鳴らすと、軽やかな音が鳴るのが特徴です。また、こきりこ節の特徴的なお囃子「デデレコデン」は、太鼓の音を表したものとされています。
  
小鳥のような民謡「といちんさ」

  
 「といちんさ」の語源は、五箇山に生息する日本一小さい鳥、サイチン(みそさざい)が、水屋の樋のそばで遊んでいる様子を言い表した「トイのサイチン」です。その言葉が縮められて、「といちんさ」と呼ばれるようになりました。五箇山に春を告げるサイチンの鳴き声や動きが、唄のリズムや明るさにも表れています。また、娘を持つ母親が、「自分の娘もこの小鳥のようにかいがいしく働く嫁になるように」という願いを込めて唄った唄でもあります。

 実際の「といちんさ」では、三味線、胡弓、笛、太鼓などを用いた明るい伴奏に合わせて、女性たちがもんぺ姿で楽しそうに手踊りします。その姿は、サイチンが飛び回る光景をイメージさせ、観客まで笑顔になります。

 
お小夜を偲ぶ「お小夜節」

  
 その昔、五箇山小原に流されてきたお小夜という遊女がいました。お小夜は、流刑の身でありながらも、自由に外出することができました。しかも、器量が良く唄がうまく、芸達者だったお小夜は、村人たちに三味線や唄や踊りを教えるうち、村人たちの憧れの的となっていきました。

 いつしかお小夜は、吉間という村の青年と恋仲となります。ふたりの逢瀬の場であった「女郎ケ池」は、「お小夜節」の歌詞にも出てきます。そして、何度目かの夏、お小夜は彼の子を身ごもってしまいました。吉間や村人に迷惑を掛けることを恐れたお小夜は、庄川に身を投じて、28年の生涯を閉じました。今でも女郎ケ池では、毎年おさよ祭りが開かれています。